ヨーロッパの文献は色々探しましたが、日本国内の所有図書館が見つからず、アメリカの写真入の書籍が多く、オ〜フェンバッハの資料も原書、翻訳本も無く、イタリアの書籍は入手していません。ここでは記録保存では感心するくらいのアメリカの資料中心です。
Webster's ninth New Collegiate DictionaryにはHandbag n,(1862)と印刷されています。文化出版局のファション辞典にも之を引いて初出1862とありますが。
Webster’s Dictinonary1864年版にhandbag, hand bagはありません。Purseが有るだけ、1862年版に有れば必ず有るはずです。ともに1864年版に出ているでしょう。
| 1872 |
長谷川幸次郎宮川屋岡田長次郎から許しを受け手間取り職人になり独立
長谷幸という |
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| 1879 |
長谷川富五郎が花岡林蔵から許され、独立し、長谷富となる。 |
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- Student bagとTraveling bag表記の新聞広告か雑誌広告がSchifar社のHANDBAGSに(18p、以下S数字P表記はこの書籍から)にあります。日本では1908年前後、スクールバッグが定着、
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| 1880 |
Handle Bagで広告が出る。検証未了<資料がドレダッカ不明になってます> |
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| 1882 |
Wrist bag(手首に提げる形)がRidley's Fashion Magazines誌広告に |
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| 1993〜1997 |
このコロから、長谷富内部ではハンド”ル”をとりハンドバッグと呼び始めていたと祖母の話。(祖母は亭主が五郎が組合活動に、女遊びに励んでいた頃、店を切り盛りしていた) |
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| 1898 |
Webster’SにHandbag、Hand Bagとも未出 |
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| 1895 |
Shopping Bag、Fine Boston Bag初出(S、広告) |
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| 1902 |
Chatelaine Purse表記広告 (S、広告) |
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- Wrist bag広告がJOHN WANAMAKERから(S、広告)Home Needlework magazine, july 1903
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| 1906 |
Suede Bag名独立名として登場(S、広告)The Ladies’World,circa 1906 |
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| 1910 |
無性言語であるbagからLadies Fitted Handbag表記で初登場(々)
長谷幸、長谷富 合併長谷川嚢物製作所となる。 |
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| 1911 |
Hand Bagの分かち書き表記あり(々) |
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The Boston Bag |
| 1913 |
JOHN WANAMAKERの広告に初めてHandbag連続表記で出る |
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| 1914 |
Webster’SにHandbag、Hand Bagとも未出 |
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| 1915〜1916 |
Webster’S にHandbagが採録されている。一搬化はまだ? |
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| 1927 |
JOHN WANAMAKER & sonsにHand Bag表記 |
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| 1929 |
Hand Bag、Handbag表記広告並存時期始まる。説明的使用 |
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| 1930 |
大キイ活字でHandbag見出し文字で登場 |
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| 1931 |
日本でも同業社関係でハンドバッグが使われだした。 |
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| 1938〜1939 |
広告・新聞共にHandbag定着 |
その後、1970年代でも、日本では発音しにくい為でもあるのでしょう。長い事、ハンドバックと書いてある新聞広告、雑誌、百貨店の売り場案内、小売店の看板表記が続い有ります。、いまもHPでは何件かあります。但し、1ページで全部出ます。早い事は魅力?と見えて地方の問屋。小売屋もいまだハンドバック表示で商いをいています。
“手の後―手の甲”the back of the hand”では困ります。
ちなみに”掌=手の平 the palm(flat)of the hand”と成ります。
これからは欧州の記録と文学・文献に現れているバッグ、ハンドルバッグ、ハンド バッグ。